Volume05.2015 Number.06

Diversity[ノルウェーのダイバーシティ]

ノルウェーのコーヒー文化に触れ、より深みを増したFuglen Tokyo吉田友翔さんのワーホリDAYS

私たちがノルウェーで取材をしていた2015年10月、コーヒーショップのMOCCA(P.6掲載)で働いていたのが吉田友翔さん。
オスロの中心街から北西の方向にある高級住宅地の一角で、日本人が働いているなんて! 聞くと、ワーキングホリデーを満喫中なのだとか。そのときは、とても忙しそうだったので写真だけ撮らせてもらい、話を伺うのは後ほどということで私たちは帰国。数か月後、日本に戻った吉田さんは、Fuglen Tokyoで働いていました。
ノルウェーで働いてみてどうでしたか? 仕事終わりの彼に、聞いてみました。

「僕、実は21歳までブラックコーヒーが好きではなかったんですよ。」
と笑いながら話し始めた吉田友翔さん(25歳)。
「大学1年のとき、家から3分の場所にあって通うのに便利だな、という理由だけで決めたのが、某大手コーヒーチェーン店でのアルバイトでした」
21歳になり、同僚と行ったのがFuglenTokyo。そこで口にした一杯のコーヒーが、吉田さんの運命を変えることになります。
「それは、フルーツのような甘さや酸味がくっきりと感じられて。コーヒーっておいしいし奥深い!と感動したのをきっかけに、それまで働いていたチェーン店をすぱっと辞め、Fuglenで働かせてもらうことになりました」
コーヒー漬けの日々の中で芽生えたのは“今、このコーヒー業界ではなにが起こっているの?”“Fuglenの本店があるノルウェーのコーヒー文化はどんなものなんだろう?”という好奇心。ワーキングホリデーを利用してノルウェーへ行こう、そう決心して旅立ったのは24歳の秋でした。
「ビザの関係上、滞在期間は1年、また同じ雇用主のもとで6か月以上は働けないというルールだったので、FuglenとMOCCA、Java、あとは焙煎所のKaffaで働くことに。知らなかった世界の扉がぱかっと開いて、もっと先にあるものまで知りたくなりました。英語もノルウェー語も話せませんでしたけど……」
またもやクスクスしながら振り返る吉田さん。

「仕事が終わるとお店の仲間のほか、その友達とも仲良くなってよく遊んでいました。夜行列車に乗って切り立った崖が観光名所のスタヴァンゲルを小旅行したり、デンマークの野外フェス、ロスキルドに行ったり。
僕が帰国する前には、“友翔がお店にいるのはあと1週間だよ”と記した看板を作ってくれたり。最高の思い出ばかりです」

「英語が話せなかった数か月は、なにか違うことで喜んでもらおうとやったことがお客さんに伝わってコミュニケーションがとれたりして。半年を過ぎたころには、日常会話で困らない程度にはなっていました」
向こうに行ってからは、近くの国にも興味がわいてきて、デンマークやスウェーデン、ロンドン、ベルリンなどを旅したのだそう。
「北欧はコーヒーの消費量が多く、文化が発達していることはわかっていましたが、実際に各都市で飲んでみると、オスロの質の高さがすごいことに気づいたんです。Fuglenで働いていてよかった、ノルウェーで勉強することは間違いではなかったと心から思いましたね」
他国と比べて、接客方法も違ったのだとか。
「おしゃれな空間でクールに接客、というのが多かったのですが、ノルウェーはとてもフランク。実際、仕事仲間からも「お店を自分の家だと思って、お客さんをもてなしてごらん。友達にはおいしく楽しんでもらいたいって思うでしょ?その感じで接客すればいいんだよ」と教えてもらったときは、目からうろこでしたね。残業はせず、効率よく仕事をして家族や恋人、友達との時間を大切にするスタイルにも共感できました」
なにより一番身に染みたのは、ノルウェー人のやさしさ。
「英語が話せない僕を励ましてうまく波に乗せようとしてくれたり、的確なアドバイスを考えてくれたり。僕も人に対しての接し方を、よりやわらかくしようって思うようになりました」
帰国後は、FuglenTokyoと焙煎所を行ったり来たりする日々。
「これからは、バリスタという仕事を職業として確立させたいし、中南米などの農園へ行って豆の生産状況などにも触れてみたい。本質を知って、よりお客さまに楽しんでもらえるよう、コーヒー文化を底上げしていけたらいいなと思っています」
一緒にいる人をほっとさせる笑顔にタフなマインド。その裏には、コーヒー愛に満ちあふれたスピリットが宿っていました。